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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3371号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 武蔵プレス工業株式会社

右代表者代表取締役 前田泉

右訴訟代理人弁護士 浅岡省吾

被控訴人(附帯控訴人) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 斎藤展夫

鈴木亜英

川口厳

渋谷幹雄

二上護

杉井静子

飯塚和夫

寺島勝洋

仁藤峻一

主文

本件控訴を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴に対しては「附帯控訴棄却」の判決を求めた。

被控訴代理人は、「控訴棄却」の判決を求め、さらに附帯控訴として、「原判決中、被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人は被控訴人に対し金五六〇、七二二円を仮りに支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および疎明の関係は、左に附加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  被控訴人

解雇の日たる昭和四三年四月一一日から原審口頭弁論終結の日たる昭和四五年七月九日まで一か月金二〇、七八四円の割合による合計金五六〇、七二二円の賃金の仮払いを求める部分について、原判決はその必要性がないとして申請を却下したが、この部分についても仮払いを求める必要性が存在するので附帯控訴に及んだものであると述べ(た。)≪証拠省略≫

二  控訴人≪省略≫

理由

一、控訴会社は肩書地に本社および工場をおき、従業員約二七〇名を雇傭して自動車部品の製造を業とする会社であり、被控訴人は昭和三九年四月一日控訴会社に雇傭され、検査課に勤務し、その後組立課に転属されて同課に勤務していたものであるが、控訴会社は昭和四三年四月一一日付をもって被控訴人に対し懲戒解雇の意思表示をなしたこと、しかして右懲戒解雇の理由は、「昭和四二年八月一九日勤務時間中に同僚に対し暴力を振い、始末書を提出しているにもかかわらず、昭和四三年四月一〇日内山昭男に左肩左手打撲傷全治一週間の負傷を負わせたので、就業規則第三九条第九号、第一六号により解雇する。」とするものであることは、当事者間に争いない。

二、≪証拠省略≫によれば、就業規則第三九条は「従業員が次の各号の一に該当するときは、その情状に応じ前号の規定による懲戒を行う。」と規定し、その第九号には「他人に暴行、脅迫を加え又は就業を妨げ会社の規則を紊した時」と第一六号には「不正、不義な行為又は刑罰法規にふれる行為をなして会社又は従業員に不利益を与えた時」とそれぞれ定め、また第三十八条は「懲戒はその情状により次の区分に従って行う一譴責二減給三出勤停止四昇給停止五論旨退職六懲戒解雇と規定していることが一応認められ、また、≪証拠省略≫によれば控訴会社は従業員間の喧嘩、暴力行為の取締りには深く意を用い、昭和四〇年六月には、社内連絡として、喧嘩、暴力行為に及んだ者に対しては就業規則にのっとって退職の厳罰をもって臨む方針である旨を警告していることを一応認めることができる。

しかしながら、右規則は、第三十九条の各号に定める懲戒事由があるときでも、会社が第三十八条に定める各種の懲戒方法を自由に選択して従業員を懲戒しうる趣旨ではなく、「その情状に応じて」これに相応する懲戒をなすべき旨を定めたものであり、懲戒事由に不相応な懲戒を科することは許さない趣旨と解するのが相当である。

ところで一概に喧嘩、暴力行為といっても、その態様、情状は様々であるからこれに対し一律に解雇をもって臨むことはできないものというべく、ことに解雇は、譴責や減給、出勤停止、昇給停止と異なり、従業員を企業から排除し、その者に精神的、社会的、経済的に重大な不利益を与える処分であるから、喧嘩、暴力行為の態様や情状が重大であり、悪質であって、それ以下の処分に付する余地がないか、あるいは軽い処分では到底改悛の見込みがなく、ひいては職場の秩序を維持することが困難であると認められるなど、社会通念に照らし、その従業員に当該企業において労働し、生活の資を得る機会を失わしめてもやむをえない場合すなわち、これにつき客観的な妥当性がある場合にのみ許されるものと解すべきである。

よって、以下控訴会社の主張する懲戒解雇事由とされた事実について、その存否ならびにその反価値性を判断することとする。

三、(1) 昭和四二年八月一九日、被控訴人が勤務時間中に同僚に対し暴力行為に及んだとする事件

≪証拠省略≫によれば、次の事実を一応認めることができる。

被控訴人と渡辺茂は同僚として互に肩を叩いたり押したりしてふざけることのある仲であったが、昭和四二年八月一九日午後二時頃、被控訴人は検査室の横でしゃがんで金型の寸法を計っている渡辺茂の背後を通りかかった際いたずら半分に同人の背中を押したところ、仕事をことさらに邪魔するものと憤激した同人は、立ち上って被控訴人に向い「邪魔するな」と言うなり、握り拳をもって被控訴人の肩を押しかえしたため、喧嘩をしかけられたと思った被控訴人は反撃して同人の顔面を握り拳で殴打し、前かがみに倒れた同人の胸部を安全靴(重量物が落下しても足を傷つけないよう爪先に金属板が装置してある堅固な革靴)で一回蹴り上げ、同人に唇を一針縫う程度の裂創と顔面、胸部に打撲傷を負わせた。

右暴行事件については、控訴会社は事情を調査した結果、偶発的な喧嘩であって、両名とも年令若く、殊に被控訴人は両親もないという家庭事情にあることを参酌して両名に対する処分を保留し、退職したいという被控訴人を慰留して同人からは始末書をとるにとどめた。

叙上の事実によっても明らかなように被控訴人の本所為はその動機、情状において悪質なものとはいいがたい。

(2) 昭和四三年四月一〇日、被控訴人が昼の休憩時間に同僚内山昭男に対し暴力行為に及んだとする事件

≪証拠省略≫を綜合すると、次の事実を一応認めることができる。

被控訴人は椎野彰夫、佐藤満男とともに昭和四三年三月上旬三多摩金属労働組合武蔵プレス分会を結成し、同年三月二八日には右武蔵プレス分会の名義で控訴会社に団体交渉の要求をしていたが、他方被控訴人ら三名を除く従業員の大多数を組合員とする自動車労連全日本部品労働組合武蔵プレス支部(以下部労と略称する。)が同年三月一八日結成され、同組合も控訴会社に対し賃上げを要求して団体交渉中であった。そして被控訴人らは部労を目して御用組合と批判し、部労幹部は被控訴人らを共産党に指導された会社をつぶすグループと批判し、互に相反目していた。

昭和四三年四月一〇日は、部労において昼の休憩時間に職場集会を開き賃上げ要求額の確認を求めることにしていた日であったが、昼の食事を椎野と共に食堂ですませた被控訴人は同人と連れだって事務所玄関前の芝生で休憩すべく事務所中央階段附近を通りかかった際、同所に部労組合員の白壁秀子、田中夏江がいるのをみて、椎野と分れて同女らのかたわらにより「部労の要求する賃上額のパーセントは決まったか。」と問いかけたところ、これを見ていた部労支部委員であった内山昭夫はいそいで被控訴人と同女らの間に割って入り、被控訴人に対し「お前は部労組合員でないから、関係ないことだ話す必要はない。」と強い剣幕でこれを妨害したことから右妨害に憤激した被控訴人と口論となり、被控訴人は、戸外で話しをつけようとし、その場で話をつけようとする内山と引っぱり合いとなり、力にまさる被控訴人が内山を玄関前の車寄せまで引っ張ってきて内山ともみあううちに内山は車寄せのコンクリート床上に四つ這いの状態に倒れ、そのはずみで左手、左肩に打撲傷を負った。両者のもみあいは右の程度で同僚の制止するところとなり、内山は当日は平常どおり作業に従事したが、翌日出勤して上司に前日の事件を報告するとともに痛みを訴えたところ、上司からすすめられて医者の診察をうけシップ薬の投与をうけ約一週間後に治癒したものであるが、その間は再度医者の診察をうけることなく、また会社を休むこともなかった。

叙上の事実に徴するときは、被控訴人は内山に対して腕力を振るったとはいえ、それは内山が挑発的言動に出たことに起因し、その結果たる内山の負傷の程度も同僚の制止があったためにせよさほどのものでもなかったのであるから、情状、態様において悪質、重大なものとはいえない。

控訴会社は(1)の事件のあと僅か七か月余りの間に(2)の事件を惹起していることは、被控訴人の性粗暴なることを示し、また反省の実なき証左でもあるから、その一つ一つの事件を個別にみるときは解雇に値しないとしても、両者を綜合して判断するときは解雇をもって重しとはしないと主張するもののようであるが、前叙により明らかなように、被控訴人にいささか短気で手が早い欠点があり、職場において二回にもわたり暴力的行為に出たことは責められるべきことであるけれども、(1)の事件は偶発的なもので控訴会社としても情状酌量すべきものとして処分に及ばなかったものであり、(2)の事件はいわば相手方の挑発的行為に対する反撃的行為とみられるもので、かつ軽微なものであって、いずれもその態様、情状において悪質重大なものではないから、これら二つの行為をあわせてもいまだ解雇に値いするものとは認められない。

そうすれば、本件懲戒解雇は、前記就業規則の適用を誤ったものであり、解雇権の濫用として無効といわざるをえない。

四、以上説示のとおり、被控訴人の所為をもって控訴会社主張の就業規則所定の懲戒解雇に値しないとする以上、被控訴人主張のその余の本件懲戒解雇の無効理由(本件懲戒解雇が不当労働行為であるとの主張)に対し判断を加える必要はない。

五、よって、進んで仮処分の必要性について判断を加えることとする。

この点に関する当裁判所の判断は、当審における証拠調べの結果を参酌しても原判決の認容した限度において被控訴人の申請は理由あるものと認めるものであって、その理由は原判決の説示(二〇丁表五行目より二一丁裏末行まで、ただし、二〇丁裏「右収入を得た期間および金額」を「控除すべき金額算定の基礎となる具体的事実」と改める。)するところと同一であるからこれを引用する。≪証拠判断省略≫

六、以上の理由により、本件控訴および附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴および附帯控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 鰍沢健三 鈴木重信)

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